堤 静雄先生と一緒に
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REPORT TSUTSUMI
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電磁波ABC
§3 経過 研究や国際的な取り組みを中心にまとめた。

1854 ロンドンでコレラが蔓延した。医師のジョン・スノーが患者の発生地点を地図に記し、2つの水道会社の間で死亡率に8倍の差があることをつきとめた。このため、その会社の水道が止められ、コレラが治まった。コレラ菌のがコッホによって発見されたのは、その30年後のこと。
1880 日本海軍の3分の1が脚気にかかり、年に30人以上死亡していた。
1884 海軍の軍医高木兼寛は食事に原因がありそうだと考え、2つの軍艦にパンや肉食の有無が異なる献立を用意し続けた。そして白米食が原因だと分かり、85年から麦飯を海軍の主食にした。しかし、その後も脚気の原因は細菌だという主張が強く、特に陸軍の森鴎外は食事原因説を受け入れなかった。脚気細菌説は北里柴三郎によって間違いが明らかにされた。それでも94年の日清戦争では、白米の陸軍は戦死者453人に対して脚気の死者は4064人にもなった。福沢諭吉も陸軍を批判したが、陸軍は細菌説に固執し、1905年の日露戦争でも、陸軍の2,7800人が脚気で死亡した。08年に陸軍もやっと麦飯を採用した。鈴木梅太郎がビタミンB1を抽出して脚気の原因を突き止めたのは1912年のこと。森鴎外は22年に亡くなるまで食事説を認めなかった。
1953.12 水俣で原因不明の奇病発生 患者の発生はばらばらで、伝染病ではないことが分かる。もし伝染病ならば患者は同心円的に広がる。
1956.4 水俣で原因不明の脳疾患児が多発 水俣病の「公式確認」
1956.11 熊大、疫学調査や病理研究をもとに魚介類による重金属の中毒だろう、と発表。しかし、熊本県や国は疫学調査の結果を無視。県の衛生部長の蟻田氏が現地調査をして魚が原因らしいと県知事に報告すると、副知事から「八代より南には行くな」と禁足令が出された。(水俣は八代より南)
1959.7 熊大、水俣病の有機水銀説を発表。(九大の遠城寺学長は小児麻痺説)
1959.11 池田勇人通産大臣、水俣病の「原因を水銀だとするのは時期尚早だ」
1960年代 日本各地で腹痛や手足のしびれなどを伴う奇病が発生。65年、東大教授が伝染病と確認。70年に京大の助教授がスモン病のウイルスを「発見」
1965.5 新潟でも水俣病の発生が確認される。
1968.9 国も水俣病(水俣と新潟)の有機水銀説を認める。
水俣病と認定された死者1924人(2004.10まで)
1969 スモン患者の自殺者が続出
1970.8 新潟大の椿教授が疫学調査によって整腸剤キノホルムがスモン病の原因と発表。一ヵ月後に厚生省もキノホルムの使用を禁じた。以後スモン病の発生は激減した。椿教授がキノホルムを疑うヒントを得たのは、患者のカテーテルが緑色になっていることを不審に思った看護婦の機転だった。
70年代になって日本の死産児のうち、男児が女児の2.23倍になっている。
1979 アメリカの女性科学者ワルトハイマーが送電線の近くに住む子供には白血病や脳腫瘍が2,3倍も多いことを疫学調査(74年から)で明らかにした。
1982 ワルトハイマーが配電線によって乳がんが増加すると発表した。
1986 ワルトハイマーが電気毛布によって流産や異常出産の危険が高まると発表した。
1987 WHOが旧環境保健基準EHC69をまとめた。急性曝露による影響を防止する指針(ガイドライン)を決めた。5ガウスの基準を守ること。
1990年ころヨーロッパでは電磁波は「第二のアスベスト」と呼ばれ始めた。
1990 アメリカのサビッツ博士が、妊娠中に電気毛布を使用した女性から生まれた子供の脳腫瘍は、そうではない子供の2.5倍に増加した、と発表した。
1991 ヒヒを使った実験で、電磁波がメラトニン(神経ホルモン ガン抑制作用がある)を減らすことが明らかになった。この研究は、日本の通産省とアメリカのエネルギー省の共同研究(ロジャース博士ら)だったが、研究結果は日本では公表されなかった。
1992 ブラジルで開催された「環境サミット」で予防原則が宣言に盛り込まれた。予防原則とは、危険性が十分に証明されてなくても取り返しがつかなくなる場合には予防的な処置として対応すること。00年にはEU委員会に、フランスでは05年に憲法に取り入れられた。
1993 スウェーデンのカロリンスカ研究所(ノーベル賞の選考をする)の2人の学者が「3ミリガウスで小児白血病の危険度が3.8倍」と発表。欧米各国で電磁波問題の研究と対策が始まった。
スウェーデン政府は幼稚園・学校・団地などの近くの送電線の撤去、家から240m、学校から1000m離すことを勧告。
1994 フランスとカナダの電力会社が労働者22万人の疫学調査をし、電磁波で急性白血病・脳腫瘍・肺がんにかかりやすくなることが分かった。
1996 医科大の研究で電磁波を多く被爆していた鈴木さんが、腫瘍にかかったのは電磁波のせいだとして、退職3年後に労災申請した。電磁波を理由にした申請は全国初。港区の労働基準監督署は申請を却下した。
アメリカのサムエル・ミルハムがオフィスビルで働く人の健康調査をし、コンピューターの電磁波のために、脳腫瘍・リンパ腫・悪性黒色腫・盲腸ガン・睾丸ガン・乳がん・結腸癌が多発していると発表した。
WHOの国際電磁界プロジエクトがタバコや放射線、アスベストで犯した過ちを繰り返さないために設立された。これに協力するための研究が日本でも99年に始まった。
1998 国際非電離放射線防護委員会ICNIRPが電磁波の急性曝露に対する指針を1000ミリガウスと定めた。
デンマークの電力会社が従業員2万人の疫学調査をし、筋萎縮性側索硬化症の死亡率が高くなることが分かった。
1999.5 長野県の携帯電話の基地局のそばで奇形のタンポポが発見された。この年から国費7億円余を投入し、国立環境研究所と国立がんセンターが中心になって全国の11機関・大学と245の病院が協力し、小児白血病の患者のデータが集められた。この疫学調査の代表は兜氏。その結果、4ミリガウス以上の電磁波を浴びる子供は小児白血病、特に急性リンパ性白血病の発症率が1ミリガウス未満の子供の4.73倍になった。
1999 アメリカの5つの電力会社が労働者13万人を疫学調査し、電磁波を浴びる職場の勤続年数が長いほど、不整脈や心筋梗塞の死亡率が高くなることが分かった。
1999. 『学校のコンピューター室の電磁波問題』を(文部科学省が民間に委託していた)季刊誌「教育と施設」に載せようとしたところ、文部科学省から強い圧力がかかった。そのため、00年3月号でこの原稿とそれまでの経過を載せて廃刊にした。
2001 日本で電磁波問題がマスコミで大きく取り上げられるようになった。多摩市の図書館で図書の無断持ち出しを防ぐための盗難防止装置によって職員に体調不良が続出した。
国立環境研究所の石堂正美研究員が、電磁波が乳がんをもたらすメカニズムを世界で初めて明らかにした。神経ホルモンのメラトニンががん細胞を抑制するが、電磁波がそのメラトニンを減らすので乳がんをもたらすと。
2001.6 国際がん研究機関IARCが発ガンの可能性を認め、WHOはその内容を文書=ファクトシート263に発表した。
2001.10 兜氏らの疫学調査の中間評価(5年計画の3年目に受ける)のヒアリング。評価委員は最終評価委員とほぼ同じ。このヒアリングで兜氏は厳しく攻撃される。その結果、研究打ち切りという最悪の事態は避けられたものの、予算の継続は認められなかった。
2002 長野県の携帯電話の基地局のそばで、奇形のタンポポが再び発見された。翌年には奇形の花や野菜が次々に発見された。
2002.2 東北大の本堂助手が、電車内では多くの乗客の携帯電話の電磁波が重なって反射しあうことを理論的に説明した。
2002 電磁波で白血病の危険が高まるという疫学調査の結果が報道された。
2002.10 文部科学省における疫学調査の担当官が、日下部氏から原氏に交代。
2002.11 文部科学大臣の諮問機関で疫学調査の審査をする健康医療研究評価ワーキンググループの会合が開かれた。この疫学調査の目的も知らないような素人同然のやりとりの後、文部科学省の原調整官(委員ではないし、専門家でもない)の追及が始まり、C評価(最低ランク)が下された。
2003.1 文部科学省、兜氏の疫学調査を徹底的におとしめる発表をした。11の評価項目の全てに最低のC評価をし、2年間の研究延長を認めなかった。この評価は、電磁波被害の各地の裁判に利用され、急性影響と慢性影響も知らない裁判官らによって住民側の訴えは棄却された。
2003.3 兜氏の疫学調査に対して評価方法に問題があったのではないかと、国会で民主党の桜井議員が質問した。
2004.7 九大の溝上助教授、南九州の某都市を疫学調査し、高圧電線の近くに住む子供ほど悪性血液疾患にかかる率が高いことを発表した。
2004.9 厚生労働省が労働者を保護するために97年から02年までに調査した結果が、「電磁場曝露に関する調査研究報告書」としてやっとまとめられた。しかし、この内容は無視されていて、ICNIRPの指針を採用するためであったのに、その指針を越えていることが現場の労働者に知らされてもいない。
2004.10 イギリス政府の諮問委員会「SAGE」(超低周波電磁波に関する利害関係者諮問委員会)が設立された。ドレイパー博士を代表とするオックスフォード大の小児白血病グループが7年がかりでまとめた疫学調査(ドレイパー報告)がきっかけで。
2005.12 WHO、電磁波過敏症EHSを認知(80年代から問題になり、アメリカのレイ博士が90年に命名)06年には、電磁波過敏が2017年には50% にもなるという論文も発表された。女性の方が男性の2倍も多いと)
2006.3 アメリカの電力業界の電力研究所も日本の兜氏らの疫学調査を高く評価した。
2006.10 兜氏、悪性リンパ腫で死去。
2007.4 イギリス政府の諮問委員会「SAGE」が政府に「送電線から60m以内の住宅や学校などの新築を禁止し、住宅地への送電線の建設も禁止すること」を提案した。「電気モーターや変圧器を使った電気製品は電磁波遮断効果のある鉄のカバーを使うように」
2007.6 WHOの新環境保健基準「超低周波電磁波の環境保健基準EHC238」(クライテリア)が発表された。4ミリガウスの慢性曝露で小児白血病の危険が高まる。急性曝露の影響を防止するためのICNIRPの基準値10ガウスは必ず守ること。電気毛布は危険である。動物実験や細胞実験よりも人間の疫学調査の方が優先することを認める。基準値の決定は放棄し、ICNIRPが決めることになった。
WHOの常駐部はファクトシート322を出した。これはEHC238を薄める見解になっている。この常駐部は企業よりの専門家の集まりだと批判されている。経済産業省が電磁波対策をまとめるワーキンググループを設置した。WHOが対策を勧告したから。
2007.
6~12
経済産業省の原子力安全・保安部会電力安全小委員会内の電力設備電磁界対策ワーキンググループが6回開かれた。磁場基準値50ヘルツ1000ミリガウス、60ヘルツ830ミリガウス。このメンバーに電力会社の代弁者はいても住民の代表はいなかった。
2008.1 カロリンスカ研究所、携帯電話使用が睡眠を妨げると発表
2008.4 EU、職場の電磁波から労働者を守る予防原則の法律=指令2004/40/ECを適用する。


つつみレポート
対策
 
電磁波汚染と健康
ザミール・P. シャリタ
電磁波汚染はガンだけでなく、様々な病気や電磁波過敏症という新たな病気も生み出している。電磁波汚染の分析から、そういった現場の中で、どう暮らせばよいのかを、食事療法も含め具体的に提案する。
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